論文詳細

電界が健常者の脳波に及ぼす効果を発見

精神科 榛葉俊一らの研究グループは、50 Hz の電界を処置された健常者において、脳波のシータ(θ)波成分が増加することを発見しました。本成果は、2021 年 2 月 24 日付けの電気学会の英文雑誌 “IEEJ Transactions on Electrical and Electronic Engineering” に掲載されました。また、日本流通産業新聞にも紹介されました。

 

【発表のポイント】

1.電界の生物学的作用の理解の為に、健常者に電界を処置し、脳波および自律神経活動への電界の作用を検討しました。

2.従来、微弱な生体信号の測定は電界によるノイズが邪魔をする為、ノイズ除去の為に煩雑な手続きを要しましたが、測定機器の電気的シールドとデジタルフィルタの活用により、測定システムの簡便化を計りました。

3.電界を処置された健常人において、脳波の θ 波の増大を認めました。また、θ 波増大は閉眼または開眼の条件にかかわらず認められました(下図)。

4.θ 波はヒトがリラックスしている際または瞑想状態の際に増加する事が知られています。本研究結果は、電界処置とθ波との関係を示す初めての臨床的観察と言えますが、測定系の簡便化の工夫により被験者への負担を軽くした点に加え、開眼閉眼の条件加えた解析により電界処置による作用を見出すことができた可能性があります。

5.同グループは、ストレスや炎症への作用等、実験動物を用いた研究において電界の生物学的作用の整理を進めていますが、ヒトにおいて電界の生体作用を認めた点は本研究の重要な意義であり、また、動物実験で用いられる内分泌系指標とは異なる生理学的指標である脳波にて電界の作用を見出した事は同領域の理解の前進に大きく寄与すると考えられます。

 

 

【概要】

同研究グループは、電界の臨床的研究を、脳波および心拍変動などの生体信号を指標として行い、電界の生物学的作用の理解を進めています。本研究では、脳波の他、心電図から得られる自律神経指標を用い、電界の作用の脳神経系に及ぼす効果を検討することとしました。本研究で用いられた電界は、周波数は 50 Hz で、頭頂部では 200 kV/m を超える強度としました。さて、生体内で発生する測定対象である電気信号は、心電図で約数 mV、脳波で数 10 μV 程度となり、被験者に処置される電界の規模と比較すると 7 桁~9 桁小さい値であり、先行研究では、専用の無線式測定器を製作するなど工夫を要し、それによる問題も生じていました。今回、研究チームは、市販機器の電気的なシールドとデジタルフィルタを使用した、より簡便な有線式の測定システムを開発し、電界処置中の脳波・心電図測定に成功しました。

本研究の対象は健常人とし、試験参加者は開閉眼をしながら、1 分間毎に ON と OFF が入れ替わる断続的な電界を処置されました。その結果、電界が処置されるタイミングで脳波のθ波の増加が観察されました(図)。また、電界処置時のθ波の増加は開閉眼の条件によらず認められました。他の周波数の脳波、特にアルファ波では開閉眼により大きな影響を受けており、脳波測定が正常に実施されたことを示し、この事は、θ波で認められた増加は電界処置によることを支持します。θ波の増加は、リラックスや瞑想状態に関連するとされており、電界は健常人の覚醒度を低下せる効果を持つことが示唆されたと考えられます。

同グループでは、50 Hz 電界の生物学的作用として、ストレス負荷モデルを利用した動物実験により、電界のストレス軽減作用を認めており、同効果の電界強度や電界分布への依存性など電界の生物学的作用の整理を進めています(Scientific Reports; 10(1):20930)。θ 波増加時の臨床的意義とストレス軽減は一致性が比較的高く、本研究結果は実験動物において認められるストレス軽減作用の臨床的裏付けとなる可能性があると期待されます。そして、リラクゼーションまたはストレスに関連した変化が動物だけでなくヒトにおいて認めた点は本研究の重要な意義であり、また、動物実験で用いられた内分泌系指標の他に自律神経系指標である脳波における電界処置時の変化を捉えた事も、同領域の科学的理解の前進に大きく貢献すると考えられます。

なお、同グループでは、経験的に電界処置による子供の落ち着きや集中力に変化を認めており、今後、電界処置時に現れる脳波の変化との関わりについて検討する予定です。また、アスリートのコンディショニングやビジネスマンのストレス対処策として取り入れられている瞑想への電界の補助的活用についても検討課題としたいと考えています。本研究においては自律神経指標には明確な差を認めませんでしたが、うつ病患者においては電界処置時の同指標の変化を認めるケースがあり、今後更なる検討を進めたいと考えています。

 

【用語】

脳波

大脳皮質から発生する微弱な生体電気信号。周波数が低い方から、δ波( < 4 Hz)、θ 波(4-8Hz)、α波(8-13 Hz)、β 波(> 13 Hz)に区分される。δ 波は深い睡眠時に、θ 波はリラックス時・入眠期・瞑想時・創造性が高まる状態や記憶の固定時に、α波は安静・覚醒・閉眼時に、β波は精神活動時に目立って観察される。

 

【発表雑誌】

雑誌名:

IEEJ Transactions on Electrical and Electronic Engineering

16 巻 4 号 592-599 ページ

https://doi.org/10.1002/tee.23334

論文名:

Extremely Low-Frequency Electric Field Exposure Increases Theta Power of EEG in Both Eyes-Open and Eyes-Closed Resting Conditions in Healthy Male Subjects

著者名:

榛葉俊一(静岡済生会総合病院 精神科医師)

根立隆樹(白寿生科学研究所 研究員)

原川信二(帯広畜産大学 生命平衡科学講座 客員教授)